あれ親父?
まあテレビ出るわけないか
えっジョンナム死んだ?
つか暗殺?とんでもないな
北朝鮮の要人とはいえご冥福をお祈りします
ぼくのパパはサモ・ハン・キンポー
若い頃の親父は少し痩せていた
髪もまだあった
小学生の頃、夜21時には寝るというルールがあった
しかしそのルールが適用されない曜日がある。金曜日だ
「金曜ロードショー」があるからだ
面白い映画はたくさんあった
しかしその中
異彩を放つ映画があった
「プロジェクトA」
ジャッキー・チェンの出世作にして最高傑作
アクションとコメディが見事に融合した不朽の名作である
誰もがジャッキー・チェンの作品といえばすぐにこの映画の名を挙げるであろう
しかし僕と弟はジャッキー・チェン
じゃない方
に目線がいった
あれ、パパだ
それから僕は「パパは誰に似てるの?」と問われると
「サモ・ハン・キンポーだよ」
と無垢な心で答え、その度に大人をたじろがせていた
その時会場はざわついた。「キャイ~ンの天野がいる」と
それは親父だった
時は10年ほど流れ
僕は大学生になり、その日は剣道の大会だった
順調に準決勝まで勝ち進み
時間は15時を過ぎた頃だった
会場がざわついている
一体何が
「何があった?」
後輩に聞いた
「どうやらキャイ~ンの天野がいるらしいです」
胸騒ぎがする
小さい頃カンフーの達人だったうちの親父は
時がたつに連れて表情が優しくなり
メガネをかけ始めてからキャイ~ンの天野くんに酷似していた
だから会場がざわつく一方で僕の心は冷え切っていた
それはうちの親父だからだ
我が剣道部はその日優勝した
現役もOBも大喜びだ
しかしその夜、話題の矛先は
選手の健闘ぶりではなく
紛れもなく俺の親父の話だった
カンニング竹山を経て金正男へ
あの試合以来親父の試合観戦を阻止していった結果
いまだに
「おまえの家の天野元気か」
といじられ続けている
だがもう僕の家から天野くんはいなくなっている
代わりに
カンニングの竹山が住んでいた
しかし
本物の竹山よりも偽物の竹山は早くにその姿を消した
代わりに住み着いたのが冒頭で出てきた
金正男である
残念ながら親父は背が低い
そして薄毛だ
そして一重だ
そして髭が青い
あとおちょぼ口だ
本当にそっくりだ
ただそんな親父は金正男とは似て非なる人物である
地方転勤で離れて暮らす僕が帰郷する度に
たとえそれが深夜の1時であろうと
あるいは早朝6時であろうと
車の送迎をしてくれる
いらないといっているのに
朝から大量のベーコンを焼いてくれる
キッチンに立つ金正男似の男性は
紛れもなく素晴らしい父親だ
だからこそ
僕にとって少し違ったように見えた
いったい何があったかわからないがやはり北朝鮮は異常だ
家族を毒殺するなんて考えられたもんじゃない
金正男がいったいどんな人物でどんなことをしたのはわからないが
一人の人間として改めてお悔やみ申し上げる次第だ
そして親父
もう定年も近くなり
明らかに暇を持て余している
期待しているのは孫だろう
この世に隔世遺伝という恐ろしい言葉がある
もしかしたら俺の愛息子もいずれハゲ散らかすかもしれない
しかし俺も先月30歳になったしそろそろ親になっても良い頃だ
親になったらまた親父を見る目も変わるんだろうな
とにかく親父
元気でいてくれ
お米と酒はほどほどに
そのうちいい報告できるように頑張るよ
金正男のニュースに
そんなことを思うのだった