【駐在日記Vol.3】夏、別れ。海外転勤は突然に

シンガポール生活始めました

ついにGiriguraに海外駐在オファーが届きます

もし自分が今やっている仕事がすごく充実しているときに
海外転勤を言い渡されたらどうしますか?

僕には喜びではなく葛藤が生まれていました

あわせて読みたい【駐在日記シリーズ】

http://www.lifeport-gurigura.jp/entry/singapore_life_diary_4

 

こんな人にオススメ
1)海外転勤や駐在に興味がある人

2)社会人経験7年目ー10年目くらい、または25歳〜35歳くらいの人

3)Guriguraに興味がある人

夏、別れ。突然の海外転勤

僕は大阪でめちゃめちゃ充実していた

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「お前、シンガポール行ってくんねえか」

 

忘れもしない

それは7月3日のこと

 

会社主催の大きなBtoBイベントが大阪の帝国ホテルで開催された日のこと

役員に「おまえちょっといいか」と肩を叩かれ休憩室を二人で出る

人通りの少ない奥まった通りにおいてあるベンチに座る

 

「実はな」

 

周りに人がいないことを確認して役員は話し始めた

話はこんな感じ


・会社として広告事業を本格的に注力する
・広告商品開発をシンガポールのアジア本社で行う
・社長直下で少人数の新設部署が発足する
・営業出身でWeb広告に精通し英語ができる管理職レベルを新たに日本から1人出す必要がある

「なるほどですね」

「本社で社長以下で社員をリストアップしていった結果」

「はい」

「全会一致でお前でいこうと決まった」

馬鹿な

どの会だそれは

こいつ頭おかしい

(あなたが営業部に戻したんでしょが、、2ヶ月前に)

「僕企画職なんてやったことないですよ」

ここ。ここが正直一番納得できなかった

そんな会社のでかい事業を未経験者にさせるっておかしい

役員はすこし考え込んでこう答えた

「お前はこれまでどんな環境でも成績を残して来た。
その適応能力を会社は高く評価している」

(いやそれはただ転勤が多いだけで。。。)

ここまで言ってから閃いたようにこう続けた

「というかお前器用だろ」

そうきたか

 

正直言ってこのオファーには戸惑った

これまで全く触れたことのない商品開発の職種を海外でって・・・

それに加えて日本を離れたくない理由があった

 

僕は大阪でめちゃくちゃ充実していたのだ

 

暗黒期を脱出して営業職に戻って改めて営業職が好きだと感じてたし

新入社員を多く抱える営業部署で彼らを育成するやりがいと楽しさを心の底から味わっていた

そんな時にこんなでっかい話が来るなんて。。

 

「行ってくれるか!?」

ノリで返事させようとすんな!言わんぞ!

 

「まあお前も相当悩むと思うから」

「はい・・・」

「来週までに返事もらえたらいいよ」

全然時間ねえな!!

来週?!TSUTAYAかよ

 

イベント後の懇親会の二次会で僕はクイズ大会の司会を務めることが決まっていた

『グループD正解ーー!!田中さんのグループEはカンニング疑惑で失格ー!ざんねーん!』

ピンクの蝶ネクタイつけて壇上で司会をしていたが実際のところ

(クイズやってる場合じゃねえ)

さてどうするか。。。

ー 海外駐在決断まであと7日 ー

 

10年後に笑って美味い飯を食うために、決断

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気がつけば回答期限は2日後に

正直気持ちの面で回答は決まっていた

 

だけどとにかく大阪が好きすぎた

大阪というか職場が大好きだった

上司も後輩も愛おしくてしょうがない

この人たちのためなら何日泊まりこんで働いても良い

365日働いたっていい、それくらい職場が好きだった

 

それに加えていくらでも成績を残す自信もあった

給料も増えるだろうし評価もされる、やりがいもある

こんな環境を離れる理由があるだろうか

 

・・・・

ある

それは

僕の夢は海外で働くこと

言葉や土地に囚われず自分の知識と経験で仕事を選択したい

それは夢であり目標

これからの国際社会ではある意味ボーダーかもしれないとさえ思っていた

 

大阪での仕事の唯一の問題点は日本の顧客に限定されていて

めちゃドメドメ(=日本国内限定)な仕事だということ

 

『やりたいことをする』

これに焦点を絞って人生を選択できるのは20代だ、と思う

それが30代はきっとこうなる

『できることをする』

やりたいこと=できること

そう言える大人はそういない

やりたくないこと=できること

になっている人は間違いなく多い

ましてやお金が絡めばもっと事は複雑になる

 

大阪での仕事は『やりたくない』仕事ではないけど

でも自分の夢からするとこの仕事を続ければ続けるほど

目指す先とは全く別の方向へと向かってしまう

たとえそれが相応の代価を支払われることを約束されていたとしても

 

後輩たちにもっと良い営業マン、もっと良い社会人になってほしい

2017年今この瞬間を誰よりも楽しく厳しく成長する時間にする手助けをしたい

それは心の底からそう思っていた

でも本当に僕は「今」を生きていいのだろうか

「今」だけを楽しんでいていいのだろうか

 

それはきっと30歳の社会人が選択する賢明な判断じゃないと思った

普通のそれなりの40歳になりたいんだったらそのままで良いだろう

でも僕はそんな面白くない時間が待っている未来には生きたくない

35歳でも40歳でも社会の、世の中の最前線で戦う一人でいたい

Specialでいたい

 

10年後も笑って美味い飯を食うために「今」を捨てよう

楽しい「今」を捨てようと決めた

あえて明らかにしんどい道を選ぶことにした

 

そして2日後、役員に返事をした

そうか行ってくれるか!とまるでババ引いてくれたみたいな返信が来た

 

やっぱりババなのかな。。

 

暫くして部署に異動辞令が発表された

早すぎだろという至極当然の反応と悲しさの混じったような反応をしてくれた

それからは死ぬほどみんなでテキーラを飲んだ

いつ誰か1人救急車で運ばれるか
路上で轢き殺されてもおかしくないくらいお酒を飲んだ

別れの日は上司も後輩も涙をしていた

お別れのメッセージには「テキーラさんへ」と名前が書いてあった

やかましいわ

 

最後の最後まで大阪を離れるのは嫌だったけど

なんだかんだでシンガポールで海外駐在をすることになった

 

Gurigura 30歳、海を渡る

 

わずか9ヶ月前、人生のドン底にいた人間が

かけがいのない仲間と出会い、働く喜びを取り戻し、

いくつかの社会人が憧れる海外駐在員となった

 

事実は小説よりも奇なりとはよくいったものだがまさにそうだ

 

かくしてまぐれでTOEIC920点を取っちゃったGuriguraは
1年中くそ暑いシンガポールでの生活をスタートした

 

その後に再び暗黒期が訪れることも知らずに・・・・

次号へと続く